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2019/03/27

KRPPRESS特集:加速するがん治療① スペシャルインタビュー 小野薬品工業(株)

がんを克服することはできるのか 最新のがん治療に取り組む今注目の企業をレポート

2018年、京都大学 高等研究院 副院長・特別教授の本庶佑先生がノーベル生理学医学賞を受賞された。 受賞理由は「免疫抑制の阻害による新しいがん治療法の発見」。外科手術、化学療法、放射線治療の3種類に加えて人の身体に備わる免疫の仕組みを利用してがんを攻撃する、第4の治療法"免疫療法"が注目を集めている。

オプジーボをはじめとする免疫チェックポイント阻害剤につづき、遺伝子治療技術を使った新しいがん免疫製剤も承認された。 がん治療の進歩に期待が高まるなか、オプジーボを開発・販売する小野薬品工業(株)の相良暁社長に伺った。

誰もやらないことに挑戦する。オープンイノベーションの先駆者として

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約60年前のチャレンジ、プロスタグランジンの全化学合成に成功

小川 創薬方針のひとつに挙げておられるオープンイノベーション戦略。今では盛んに使われている言葉ですが、小野薬品工業さんは60年近く前に、オープンイノベーションによる創薬にチャレンジされていますね。きっかけはなんだったのでしょうか。

相良 実は背水の陣だったのです。1961年に国民皆保険がスタートし、薬局などで買えるOTC医薬品から医療用医薬品にスイッチしていった時代。OTC医薬品メーカーだった当社は、医療用医薬品の研究開発体制が弱く、出遅れてしまいました。しかし、本庶佑先生の師でもある京都大学の早石修先生とのご縁からプロスタグランジン※1を知り、これに賭けた。さまざまな薬となり得る可能性をプロスタグランジンに見出した9代目小野雄造社長の英断でしたが、当時は研究員が20人しかおらず、自社だけで研究を進めるのは困難でした。そこで、世界中のプロスタグランジンの研究者のところへ研究員を勉強に行かせたのです。まだオープンイノベーションという言葉もない頃のこと、必要に迫られてのことでした。

小川 結果として生理活性脂質※2・プロスタグランジンの全化学合成に企業として世界で初めて成功され、脂質領域でいくつもの新薬を上市※3されました。

相良 会社が傾きかけるという状態だったからこそ、大胆な投資、チャレンジができたのでしょう。1970年にプロスタグランジンの全化学合成ができて以降、1999年までに12個の新製品を開発・上市し、会社は息を吹き返しました。新薬メーカーとしての当社の姿は、このときがスタートだったのかもしれません。

小川 まさしくオープンイノベーションの先駆者だったのですね。オープンイノベーションでは、自分がやることと先方に依頼することの仕分けが肝心と聞いたことがあります。

相良 お互いが本当にやりたいことが一致しているかどうかを確認しないといけません。アカデミアは基礎研究が主で、製薬企業は患者さんのところへ届けることが目的です。ただプロスタグランジンの開発に取り組んでいた当時はそんな区分は考えず、とにかく学ぼうということだけだったようです。

がんも感染症もやらないはずだった、しかしオプジーボに出会った

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小川 オプジーボの開発も苦難の連続だったと伺いました。

相良 苦労は、それはもうたくさんありました。そもそも、オプジーボ開発に取り組むかどうかというところから、「当社ではがん領域はやらない」という方針がありました。

小川 何故GOサインが出なかったのでしょうか。

相良 当時、2000年代に入ったばかりの頃は抗生物質開発が真っ盛りで、製薬メーカーだけでなく、酒造メーカーも発酵の技術をもって参入していた。そうした大手が注力している感染症やがん領域は、当社は手を出さないというスタンスだったのです。当社のような中堅の会社は、大手が手掛けないニッチなところで存在意義を示していくしか生きる道はないと思っていましたから。だから「感染症はやらない。それから、がんもやりません」と。

小川 しかし、オプジーボには取り組まれた。

相良 オプジーボは京都大学との共同研究の中から出てきたのですが、京都大学に派遣していた研究員はその可能性に気がついていて「やりたい」と言うわけです。しかし会社は「NO」。2年ぐらいの紆余曲折を経て「GO」が出たのですが、それには条件がありました。抗体化する技術をもっているパートナーを見つけること。それが経営会議の結論でした。

※1 プロスタグランジン:生体内に存在する、生理活性脂質のひとつ。血圧降下、気管支収縮、血管の収縮または拡張、免疫抑制、利尿、睡眠誘発など生理作用はきわめて多岐にわたる。 ※2 生理活性脂質:生物の身体機能に影響を与える作用をもつ脂質。その多くは細胞膜上や核内の受容体に結合して、ホルモンに似た働きをする。 ※3 上市:新薬が承認され、製品として市場販売が開始されること。

オプジーボの次へ。まだ世の中にない、ユニークで革新的な新薬をつくる

米国バイオベンチャーをパートナーに創薬から治験へ突き進む

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相良 抗体化技術を持った日本の製薬会社10数社に提携を申し入れましたが、全社に断られました。免疫を高めてがんを治すという免疫療法は昔からありましたが、科学的に有効性が証明されていないものがほとんど。「きのこを食べたらがんが治る」というようなことと同列に扱われていたんですね。突破口を求め海外でもパートナーを探しはじめたときに、メダレックス社というバイオベンチャーに出会ったのです。

小川 メダレックス社というのはどういう会社なのですか。

相良 免疫細胞の表面にあり、免疫細胞ががん細胞を攻撃するのを妨げるPD-1という分子(免疫チェックポイント)をオプジーボは標的にしています。メダレックス社は同じく免疫細胞の表面にあるCTLA-4という分子を標的にした薬を開発中だったため、オプジーボの可能性を理解してくれたのでしょう。当時の当社は抗体を作る技術も設備もありませんでしたから、両方を備えたメダレックス社は、この上ないパートナーでした。当社がやろうとしていることに対して非常に期待が高く、自らもチャレンジしている。そういう会社でしたから、創薬までは早かったです。

小川 臨床試験に進んでいくわけですね。

相良 これが、なかなか大変でした。国内で臨床試験をがん専門施設に依頼するのですが、「免疫療法がうまくいくはずがない」「だからがんの素人は困る」とまで言われました(笑)。

小川 パートナー探しのときと同じだったのですね。

相良 繰り返しお願いして、なんとか引き受けてもらいましたが、10個ある抗がん剤候補の治験のどれにもエントリーできない人に11番目として使ってやる、という風に、ほかの新薬候補が優先され、後回しにされてばかりでエントリーがなかなか進みませんでした。ところが、最初の数例の中で、とてもよく効いた症例が2例3例と続いて出たのです。オプジーボは、がん種にもよりますが、患者さんの2割か3割には高い効果が見られるものの、あとの患者さんには効果が認められません。幸い、よく効いた症例が続いたことで、懐疑的だった医師の対応も変わり、臨床試験の優先順位が上がりました。

小川 11番手が1番手に、一気に上がったのですね。そうした苦労を重ねられて、2014年に日本でオプジーボは承認され、発売されるようになったのですね。

アジアを中心に欧米へも。海外への挑戦も視野に入れる

小川 オプジーボの今後の展開としては、どのように取り組まれていくのでしょうか。

相良 まずは適応がん種の拡大です。承認取得済みの悪性黒色腫(メラノーマ)、非小細胞肺がん、腎細胞がんなどに加え、20以上のがん種の承認取得を目指しています。使えるがん種をどんどん広げていき、できるだけ多くの患者さんに届けたいというのが、第一です。第二には、現状2割か3割という有効率を高めていきたいと考えています。

小川 どれくらいの有効率を目指されているのですか。

相良 現在の2~3割を4割5割6割と高めていきたい。そのためには、どの薬と併用すれば治療効果が高まるのかとか、どういうバイオマーカー※4が出ている患者さんに効きやすいとか、そういうことを今、探索しているところです。できる だけ多くの患者さんに、有効率を高めた治療方法を届けたいということです。それが結果として我々のもとに返ってきて、次のイノベーションのための研究開発投資に結びつくわけですから。

小川 海外への挑戦、海外展開についてはいかがですか。

相良 韓国、台湾では現地法人を設立して、自社製品の販売を始めています。がん種の分布はエリアによって特色があります。肺がんは世界共通でもっとも患者数が多く、悪性黒色腫は欧米で多い。一方で、アジアでは、胃がん、食道がんなど消化器のがんが多いです。ですから当社は今、アジアでの展開において、消化器のがんに対する取り組みを優先しています。

小川 欧米についてはいかがですか。

相良 欧米の市場は、現在メダレックス社を買収した大手バイオファーマ、ブリストル・マイヤーズ スクイブ(BMS)社が主導しています。次世代の薬剤については、アジアに加え、自社で世界最大のマーケットである欧米への進出を目指していきたいですね。

独自の「化合物オリエント戦略」でユニークで価値のある新薬を

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創薬研究拠点 水無瀬研究所(大阪)

小川 冒頭でお話しいただいた小野薬品工業さんの創薬方針ですが、もう一つ「化合物オリエント」というユニークな取り組みがありますが、これはどういうものなのですか。

相良 1960年代に達成したプロスタグランジンの全化学合成ですが、その過程で脂質領域の化合物を豊富に蓄積することができました。製薬メーカーはそうした化合物を独自で蓄えており、私たちは、それをライブラリーと呼んでいます。疾患をターゲットに構造式から組み立てるのではなく、化合物ライブラリーから医薬品のシード(種)を見つけることで、効率 的に新薬を開発することができます。さらに、化合物が本来使われていた疾患以外にも効果を発揮する、といった新しい作用の発見につながることもあります。

小川 そうした創薬の手法を化合物オリエントと名付けられているのですね。

相良 多くの製薬メーカーは、化合物の新しい作用に気づいても、ターゲットとする領域以外だとそれ以上研究されずに終わってしまうことが多い。しかし、当社の場合は疾患の枠組みを決めていないので、領域を超えてユニークな発想が生まれたりする。

小川 なるほど。疾患の枠組みがない、領域を飛び越える、その自由さが多くの革新的な新薬を世に送り出してこられた秘訣なのですね。

相良 世界にまだない、ユニークな作用をもつ薬をつくれるかもしれない。それは研究員にとっては非常に魅力的です。そのため、研究員というのは、自分が携わっている仕事は可能性がゼロになるまで続けようとします。しかし、可能性というのは決してゼロにはならない。新薬までたどり着く確率は25000分の1とか30000分の1といわれています。ですから私は、止めるのであれば、できるだけ早く止めるという ことを心がけています。

小川 そうですね。最後の最後になってダメでしたといわれたら、それまでの投資がムダになる。早めに決断すれば、その分をほかの投資 に使うこともできますね。

相良 どのタイミングで止めるのかという判断がなかなか難しい。でも、それを止めさせるのが私の役割だと心得ています。研究員も私も真剣勝負です。大げさではなく、命がけでやっていますから。でも、そのこだわりがあるからこそ、よい仕事を生み、価値のある薬が作られるのだと思います。

小川 本当にそうですね。本日はお忙しい中ありがとうございました。

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左:小野薬品工業(株) 代表取締役社長 相良 暁氏 
右:京都リサーチパーク(株) 代表取締役社長 小川 信也

※4 バイオマーカー:病気の有無や進行状態を把握するための目安となる指標。心拍数や血圧といったバイタルサインや、生化学検査、血液検査、腫瘍マーカーなどの各種臨床検査値や画像診断データなどが使われる。

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