2019/04/12

KRPPRESS特集:加速するがん治療③ 「抗体薬物複合体を注射し近赤外線でがん細胞を選択的に破壊する」(株)島津製作所

 近赤外光を使用してがん細胞を死滅させる光免疫療法。 米国国立がん研究所(NCI)の小林久隆主任研究員が中心となって開発し、実用化が期待されている、新たながん治療法だ。 その共同研究に計測技術などの領域から参加し支援する(株)島津製作所が担う役割、今後の展望などについてお話を伺った。

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株式会社島津製作所 Director-Innovation Center  西村 雅之氏

がん細胞だけを狙い撃つ光免疫療法とは

 光免疫療法とは、がん細胞の表面に出ている目印(抗原)を見つけて選択的に結合する抗体と近赤外光を吸収して化学反応する特殊な色素を組み合わせた治療薬(抗体薬物複合体)を患者様に注射し、この治療薬が結合したがん細胞に近赤外光を当てて、短時間でがん細胞のみを破壊する治療手法です。光免疫療法の特徴は、その選択性の高さです。近赤外光に反応する抗体はがん細胞以外に結合しないため、周辺の正常細胞を傷つけることなく、がん細胞のみを破壊することができます。従来の化学療法や放射線治療では、がん細胞だけでなく、周りの免疫細胞まで傷つけて しまうことがあります。結果として、免疫力の低下を招きます。正常細胞を傷つけず、がん細胞のみを破壊できるというのが、小林先生が開発された光免疫療法の最大の特徴なのです。

 また、この療法にはもう1つ大きな特徴があります。抗体が結合したがん細胞に近赤外光を照射すると、がん細胞は破裂して死滅するため、がん細胞内にある抗原が体内に放出されます。マクロファージなどの免疫細胞が放出された抗原を取り込んで免疫が活性化すると同時に、その抗原の特徴をT細胞に伝達することにより、T細胞はほかの場所に転移したがん細胞を攻撃します。ワクチンと同様のメカニズムです。光免疫療法で治療を行うと、狙ったがん細胞の破壊に加えて、同じ種類のがんを予防できる可能性もあります。

 10年後20年後には、たとえば健康診断でがんが発見されたら、光免疫療法で治療すると同時に予防接種のようになるかもしれない。まだ夢のような話ですが、もしもそれが実現されたとしたら、がんは、かかったら治せばいい。そんな発想になるかもしれません。光免疫療法は、非常に大きな可能性のあるがん治療法なのです。

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光免疫療法:近赤外線でがん細胞が死滅/米国国立がん研究所(NCI)制作動画より(近赤外線を照射し、
結合体が結びついたがん細胞が壊滅し、その抗原が放出される様子を分かりやすく解説している)
Youtube URL:https://www.youtube.com/watch?v=3yuVw90AEhs

共同研究契約を結ぶまでの長くゆるやかな交流がベースに

 20年近く前、米国国立衛生研究所(NIH)内のあるラボに当社から若い技術者を派遣していたときに、たまたま米国国立がん研究所(NCI)で研究されていた小林先生をご紹介いただきました。先生は化学にも詳しく、分析にも知見をもっておられた。その頃からのお付き合いですが、当時はまだ共同で何かをするというのではなく、いろいろな研究の要所要所で、たとえばこの化合物の構造を知りたいとか、特性を知りたいという話の中で、それなら当社の装置を使ってみてください、というような、とてもカジュアルな関係が長く続いていました。

 そうした中、光免疫療法がある程度形になり、実際に臨床の現場に応用していきたいという段階になって初めて、公式に共同研究の契約を結ぶことになりました。2017年秋のことです。NCIと5年間のCRADA(共同研究開発契約)を締結し、光免疫療法の安全性や治療効果を評価・改善するための計測技術の研究開発を共同で行っています。

光免疫療法の現況と島津製作所に求められること

 臨床試験は今、フェーズⅢ。現在は、欧州、米国、日本を含むアジアの3エリアで一斉にグローバル治験が始まっています。日本では10カ所、世界で75カ所の医療施設で275人の患者様を対象に実施されています。当社は治験そのものにはかかわっていませんが、治療そのものをさらに改善できないか、我々の得意分野である計測技術やイメージング技術で貢献していきたいと思っています。

 たとえば、目に見えない近赤外光が治療の際にきちんと患部に当たっているかどうかを確認したり、治療のプロセスを記録したりするのに当社の近赤外光カメラシステム「LIGHTVISION」が使用できると考えています。乳がんの手術を支援するシステムとして開発した装置で、可視画像と近赤外蛍光画像を重ね合わせた画像で治療の支援を行うものです。

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光免疫療法に応用を目指す近赤外光カメラシステム「LIGHTVISION」
血管・リンパ管等に投与した薬剤(ICG)に近赤外励起光を照射し、ICGから発生する微弱な近赤外蛍光を画像化することで、
組織表面下の血管やリンパ管の観察を可能にするシステム

 また、光免疫療法のメカニズムをいろいろな角度から解明する中で、他にもさまざまな技術を使って協力させていただきました。そのひとつが質量分析。この治療法を行う中でがん細胞が死に至ったのかを、分子レベルで確認します。また、抗原に結合した抗体薬物複合体が近赤外光によって変化する様子を当社の原子間力顕微鏡で、世界で初めて観察することができました。さらに、粒度分布を計測する装置で凝集も確認できました。これらの機器や、医用機器事業部と分析計測事業部の連携によって貢献を目指しています。もともと接点が少なかった2つの部署ですが、当社の強みである「医療」と「分析」の両方の分野を合わせることで、会社全体でヘルスケア事業を推進しています。

世の中を変えるポテンシャルがある光免疫療法の今後

 光免疫療法は、そのままでも効果がありますが、既存の免疫療法との組み合せでより高い治療効果が期待されます。例えば先に光免疫療法でがん細胞を破壊すると、チェックポイント阻害剤を含む既存の免疫療法の効果が飛躍的に高まったというデータが、マウス実験で出てきています。iPS細胞のがん化を最小限に抑えるため、移植前に光免疫療法でがん細胞を破壊しておくということも考えられるかもしれません。  また、光免疫療法では、低コストの薬剤と機器を使用します。外来でも治療が可能な簡単な手技であり、将来的には、がんにかかっても治療薬を注射して一旦帰宅し、次の日に近赤外光を当てれば治療が完了する、といった形になるかもしれません。そうなれば、患者様の負担も医療費も減るでしょう。患者様にとって、どの抗体薬が自分にいちばん効くのか、どの程度の効果が期待できるのかを簡単に分析できるようになれば、世の中が大きく変わる可能性を感じます。  当社の社是は「科学技術で社会に貢献する」こと。社会課題に対応できる技術開発にさらに取り組んでいきたいと考えています。

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本社のショールーム

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