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2019/04/08

KRPPRESS特集:加速するがん治療② 「がん免疫遺伝子治療の社会実装化を進める」タカラバイオ(株)

長らく社内で培ってきた「遺伝子や細胞を試験管の中で扱うバイオ技術」をもとに最先端の医療技術・がん免疫遺伝子治療の社会実装化に取り組むタカラバイオ(株)が目指すステージはー。進行する主要プロジェクトを中心に語っていただいた。

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タカラバイオ株式会社 取締役 遺伝子医療事業部門本部長 木村 正伸氏

スタートは研究用試薬の開発

 タカラバイオでは、最初から「がんの治療薬を開発しよう」としていたわけではありませんでした。遺伝子や細胞の研究用試薬の開発で培われたテクノロジーの応用分野として、遺伝子治療、細胞医療といった医療分野に必要な技術開発を行い、将来、事業化を目指す。まず、こうした基本戦略があり、その対象ががん治療薬となった。そういう順番です。私が入社した2013年頃は、独自のレトロネクチン技術※1、siTCRベクター技術※2、その他の要素技術は完成していて、これらを利用した臨床開発プロジェクトを進め、がんを対象としたテーマに集中して取り組むという体制に移行しているタイミングでした。私はその臨床開発のために入社しました。

 現在、取り組んでいるがん免疫遺伝子治療プロジェクトは、大きく分けて2つです。1つは、腫瘍溶解性ウイルスC-REV※3。もう1つが遺伝子改変T細胞療法※4のsiTCR遺伝子治療、CAR遺伝子治療です。

 1つ目の腫瘍溶解性ウイルスC-REVですが、これは面白いコンセプトをもっています。当社プロジェクトではヘルペスウイルスを使っていますが、ヘルペスウイルスは多くの人が体内に保有しています。身近なものでいうと体調が悪くなったときに出てくる、口唇ヘルペスなどがあります。何が面白いかというと、C-REVは、腫瘍細胞の中では増殖し、正常細胞内ではほとんど増殖しません。つまり、がん細胞を特異的に殺傷する、選択性が高いのです。また、がん細胞が破壊され出てきた特異的ながん抗原を免疫細胞が認識し、攻撃するため(がん免疫誘導と言います)、さらに治療の効果が高まるというメリットもあります。まさに「一粒で二度おいしい」というのが、この治療法の特徴です。ちなみに、多くの腫瘍溶解性ウイルスは遺伝子の組換えや外来遺伝子を搭載していますが、C-REVは遺伝子工学的改変を一切行っていない自然変異型のウイルスのため、遺伝子組換え生物等の使用等に関する規制の対象とはなりません。

 一方、遺伝子改変T細胞療法は、究極のがん免疫療法となる可能性をもつ治療法です。即戦力となるT細胞をラボレベルでつくり、増殖(拡大培養)させて、膨大な数のT細胞を投与することで一気にがん抗原を排除する。これが遺伝子改変T細胞療法のコンセプトです。siTCR遺伝子治療は、一旦、体外に患者様のTリンパ球を取り出し、がん細胞を特異的に認識するTCR(T細胞受容体)の遺伝子を導入し、増やした後に、再び患者様に投与するもの。治療するがんの種類により、導入するTCRの遺伝子を使い分けて治療することが可能です。もう1つ進めているのが、CAR。CAR(キメラ抗原受容体)は、抗原を特異的に認識する抗体由来の部分と、TCR由来の細胞傷害性機能部分を結合させて人工的に作製された、がん抗原を特異的に認識できる受容体です。有効性を示すがんも異なっており、CARは血液がんに、siTCRは固形がんに効果が高いという違いがあります。

着々と進行している 3つの主要プロジェクト

 現状もっとも進んでいるのはC-REVです。現在、日本および米国においてC-REVの臨床開発を進めており、日本では悪性黒色腫を対象とした第Ⅱ相臨床試験、膵臓がんを対象とした第I相臨床試験を実施しています。また、米国では悪性黒色腫を対象とした第Ⅱ相臨床試験が実施され、C-REVの高い安全性と優れた有効性を示唆するデータを得ています。

 膵臓には経口でも注射でもなかなか薬が届きにくく、非常に効きにくい。そのうえ、C-REVに使っているヘルペスウイルスは先にお話ししたように、多くの方がヘルペス抗体をすでに持っているため、注射で投与すると、この抗体で中和されてしまうのです。ですから直接、腫瘍内に投与する必要があります。そこで、内視鏡を胃まで入れ、そこから超音波で膵臓とがんの位置を確定する。そのうえで胃壁を貫通させて注射する。このような方法を当社では行っています。

 siTCRは、滑膜肉腫を対象とした第Ⅰ/Ⅱ相臨床試験、CARは成人B細胞性および急性リンパ芽球性白血病(ALL)を対象に、第Ⅰ/Ⅱ相臨床試験を行っています。CARは、2017年に海外企業の開発品が米国で承認され、次いでヨーロッパ、今年になって日本でも承認されました。その際に華々しくうたわれたのが、奏効率の高さです。ALLでだいたい80~90%。コンプリート・レスポンス(CR)※5するところまで、こんなに高い奏効率をもつ薬剤はこれまでありませんでした。CRをどこまで継続できるかということが、次の課題となるでしょう。

■主要プロジェクトの開発状況( 2019年2月現在)
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アンメット・メディカル・ニーズ 求められる治療を求められる患者様へ

 2007年に製薬会社時代に勤めていた時期に、米国臨床腫瘍学会(ASCO)に参加し、そこでがん免疫療法に関する発表を聞きました。当 時、私ががん免疫療法をやりたいと言うと、まわりのみんなに「止めろ」と反対されました。がん免疫療法は効くわけがないと。わずか12年前は、がん免疫療法というのは、そんな程度の認識だったのです。それが、この10年でここまで変わりました。また、私がこの分野に入ったのは1996年で、それからずっとがんに携わっていますが、当時だったらぜったい助からなかった患者様が助かるようになってきている。技術の進化とそのスピードには、内側にいながら、まったく驚かされます。

 がんの治療法はよく柱に例えられます。10年前は化学療法、外科療法、放射線療法の3本柱だった。そこにがん免疫療法という4本目の柱が加わった、今はそういう状況でしょうか。研究者によっては、TCRやCARのようながん免疫遺伝子治療法が新しい療法、たとえば5本目の柱になるという人もいます。大きなくくりではがん免疫療法なのですが。

  今後の展開としては、まず効能拡大を考えています。少しでも利用価値のあるがん種があるのであれば、そこに使うということをやっていきたいと思います。一方で新しいテーマについても、すでに準備は当然やっていますが、そちらも並行して取り組んでいきたいですね。

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無菌室で細胞の培養や品質検査を行う様子

 どの製品も、法律上は再生医療等製品※6になります。遺伝子や細胞が治療薬になるので、これまでの医薬品と比較して製造や流通が複雑になりますが、この辺りの社会実装をきっちりやりたいと思います。少ない患者様であっても、そこできちんと効かせることが重要で、そうでないと再生医療等製品である意味がないと思っています。当社としては、とにかくアンメット・メディカル・ニーズ、いまだ有効な治療法がなく医療ニーズの高い、そういったところでしっかり効果を出していくというスタイルを目指していきたいと考えています。

※1 レトロネクチン技術:フィブロネクチンと呼ばれる細胞接着性タンパク質を改良した遺伝子組換えタンパク質で、ウイルスベクターなどによる細胞への遺伝子導入効率や、T細胞の増殖率を飛躍的に高める技術。がん免疫遺伝子治療で使用される遺伝子改変T細胞の作製にあたり汎用されている。
※2 siTCRベクター技術:T細胞へ遺伝子を導入するにあたり、内在性TCRのバックグランドを抑え、目的のTCRを効率的に発現させるタカラバイオ(株)独自の技術。
※3 腫瘍溶解性ウイルスC-REV(Canerpaturev):単純ヘルペスウイルス1型(HSV-1)の弱毒化株で、がん局所に注入することにより顕著な抗腫瘍作用を示す。このようなウイルスは「腫瘍溶解性ウイルス」と呼ばれ、正常細胞内でほとんど増殖しないが、がん細胞内では高い増殖能を示し、がん細胞を特異的に殺傷する。また、破壊されたがん細胞のがん抗原が免疫を誘導し、2次的に、転移したがん細胞を殺傷することが知られている。
※4 遺伝子改変T細胞療法 :がん免疫遺伝子治療法の一種。元来がんを攻撃する性質があるT細胞に治療用遺伝子などを導入し、ターゲットとするがん細胞などを選択的に認識して攻撃させ、治療する方法をいう。導入する遺伝子の種類により、治療の対象となるがんが異なる。TCR遺伝子治療やCAR遺伝子治療などが知られている。
※5 コンプリート・レスポンス(CR):抗がん剤の治療効果を示す指標(奏効率)。検査をしてもがんがわからなくなった状態(完全寛解)を指す。
※6 再生医療等製品:「医薬品・医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」(医薬品医療機器等法)により、医薬品や医療機器とは別に新たに定義されたカテゴリー。移植用に加工・調製されたヒトの細胞・組織、遺伝子治療製品、細胞治療製品が対象。

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