2022/11/04

iPS細胞技術を大学から企業へ、実用化に必要な橋渡し役 公益財団法人京都大学iPS細胞研究財団

再生医療を実現し、難治性疾患の治療など医療を大きく変える。そんな期待に満ちたiPS細胞の製造や品質評価などの技術を、産業界へ橋渡しして実用化を推進する。そのために設立されたのが、公益財団法人京都大学iPS細胞研究財団です。同財団は2022年7月、「my iPSプロジェクト」を推進するため、シェアラボ「ターンキーラボ健都」の利用を開始しました。従来の拠点・京都リサーチパークに加えて新たにシェアラボを使用する目的や今後の展望などについて、研究開発センター長の塚原正義氏と主任研究員の北野優子氏にうかがいました。
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目次

  • 最適なiPS細胞技術を、良心的な価格で届ける
  • プロセス開発と装置開発をつなぐ
  • 利便性+安心感がラボ選択の決め手
  • オープンな環境でイノベーションをめざす

最適なiPS細胞技術を、良心的な価格で届ける

―はじめに公益財団法人京都大学iPS細胞研究財団の設立経緯や理念、活動内容を教えてください。

塚原氏:iPS細胞が発見されてから約15年が経ちました。この間にさまざまな基礎研究が行われ、医療への応用も着実に進んでいます。まず2010年に、一日も早く患者さんにiPS細胞による医療を届けることを理念として、京都大学iPS細胞研究所(以下、CiRA)が京都大学の付置研究所として設立されました。ただ国立大学法人の研究所のままでは、多くの患者さんにiPS細胞を届けるために欠かせない、企業にiPS細胞技術を渡す「橋渡し」に関してさまざまな壁がありました。そのため、実用化の動きを加速させるためにCiRAから一部機能を分離する形で私たちの財団が立ち上げられ、現在、主な事業として、iPS細胞ストックプロジェクト(※1)iPS細胞の製造・品質評価などを良心的な価格で提供する受託サービスも行っています。iPS細胞を使った再生医療が実現した場合、最終的には「一部の人のみが受けられる高額な医療」ではなく、「多くの患者さんが受けられる医療」になることが私たちの願いです。そのためにも、まずは品質を確保した上で製造コストを抑える必要があります。そこで従来から進められていたiPS細胞ストックプロジェクトに加えて、新たに「my iPSプロジェクト」(※2)が立ち上げられました。このプロジェクトで研究リーダーを務めているのが北野研究員です。

my iPSプロジェクトでは、どのような活動を行うのでしょうか。

北野氏:iPS細胞を治療に使う際には、免疫拒絶の問題があります。この問題を解消するには、患者さん自身の細胞からつくったiPS細胞を使うのがベストです。ただし自家細胞からの手作業による製造では、時間とコストのかかる点が実用化への大きな障壁となっていました。そこで装置を活用して自家iPS細胞を自動作製できるようになれば、高品質のiPS細胞を低コストで提供可能です。そのための新たな製造プロセス開発と装置開発の研究に取り組んでいます。

北野さま.png研究開発センター my iPSプロジェクト 主任研究員 北野 優子氏

プロセス開発と装置開発をつなぐ

―手作業の自動化は、昨今のロボット技術の進化なども踏まえれば、かなり期待できそうですね。

北野氏:ところが、そう簡単にはいかないのです。従来の手作業を単純に機械に置き換えようとすれば、かなり大掛かりな装置が必要となります。となると、当然それらを設置するための専用スペースにも相当な広さが必要です。細胞製造のための空間ですから、P2レベルの実験が可能など建屋に求められる条件も厳しくなります。それでは結局、大幅なコストアップにつながりかねません。そうではなく可能な限りコンパクトな設備で、培養プロセスを実現したいのです。

塚原氏:「my iPSプロジェクト」は、患者さん一人ひとりへの対応が前提ですから、大量生産ではなく毎回一人分のiPS細胞を製造できればよいわけです。装置をミニマムサイズに抑えるためには装置開発はもちろんですが、製造プロセスも見直しが必要です。今ある技術を、より実用化に近づける。そのためには純粋なアカデミア的な発想から一歩、産業寄りに踏み出す必要があるのです。

―産業界とも連携して作業を進めていくのですか。

北野氏:そのとおりです。私の役割には、装置メーカーさんや培地のプロなど関わってくれる方々のつなぎ役も含まれています。「餅は餅屋」であり、皆さんが各分野の専門家ですから任せられる部分は任せる。細胞をつくる機械メーカーの方は、当然ですが機械について熟知している。けれども、細胞そのものや培地についての知識はあまりお持ちではない。その点でいえば私は、全プロセスをひと通りわかっています。だから皆さんの力を借りて全体を見通しながら、プロジェクトを進めていくよう心がけています。

塚原氏:ただし、あまり悠長に構えていてもダメなんですよ。当財団では、とりあえず2025年を一区切りとして定めていますから。

塚原先生.jpg研究開発センター センター長 塚原 正義氏(理学博士)

利便性+安心感がラボ選択の決め手

my iPSプロジェクトはもともと、京都リサーチパークで研究をされていたとうかがいました。今回新たにターンキーラボ健都を利用するに至った理由をお聞かせください。

塚原氏:my iPSプロジェクトの研究開発の進展に伴い、既存のラボが手狭になりました。ところが京都リサーチパークには、ラボを拡張するための空きスペースがなかったのです。そこで京都リサーチパークさんに相談している中で、大阪で新しくオープンされたこのターンキーラボ健都を紹介してもらいました。話を聞いて即決した理由は、研究に必要なP2レベル対応の設備・機器が揃っている上に、ラボ管理が一切不要など研究者に大きなメリットがあるからです。一からラボスペースを整備して、機器を購入してとなると、かなりな手間とコストがかかりますから、コストメリットも大きいですね。

北野氏:朝たまたま思いついたアイデアを試したいと思ったら、手ぶらで来てすぐに実験できるのは本当にありがたいです。例えば昼までに実験を済ませて、午後には自宅で論文をまとめたりもできます。

―使い勝手がよいわけですね。

塚原氏:加えてマネジメントの立場から強調したいのは、いつも必ず誰かが見守ってくれている安心感の大きさです。北野さんが一人でラボに閉じこもって実験している場合、万が一何か事故が起きたとしても、すぐには誰にもわかりません。ところが、ここにはラボマネージャーが常駐してサポートもしてくれます。

北野氏:マネージャーさんのありがたさは、日々実感しています。例えば共用の実験装置なら、誰が使った後でも必ず元通りにセットし直してくれていたり、インキュベーターの温度管理も安心して任せられたり......。一つひとつは大した手間じゃなくても、全部を自分でやっていると結構な時間を取られていたりするものです。ゴミの後片付けなどもありがたいですね。しかも、単なるレンタルスペースのスタッフではなく、スタッフの皆さんが実験や研究についてある程度わかってくれているのも安心感につながっています。

安全キャビネット.jpg単にP2レベルの実験が出来る環境が整備されているだけでなく、いつも見てもらえている安心感があるという

オープンな環境でイノベーションをめざす

―今後の展望は、どのようにお考えでしょうか。

塚原氏:一つの区切りに設定している2025年に、自動培養装置によって作られたiPS細胞をお披露目したいと考えています。ただし、これはゴールではありません。実際にはここからがスタートであり、本当のゴールは実用化、つまりiPS細胞を使った再生医療が確立され、実際に患者さんへの移植治療で使われるようになることです。

北野氏:そのためには先ほどもお話したように、さまざまな関係者、メーカーの方々との協働が必要です。その意味でも、大阪駅から20分ぐらいの立地にあるオープンなラボは、大きなメリットとなっています。利便性が良いのでいろいろな人に気軽に来てもらい、実験する様子を見てもらったり、その結果を踏まえて、ここで議論したりできますから。

―オープンなラボが研究に良い影響を与えているのでしょうか。

塚原氏:この開放的なミーティングスペースも含めて、我々にはとても「合う」と感じています。自動培養装置が完成しても、実際の医療行為でiPS細胞を活用していくには、医療制度全体を考えていく必要があります。話を進めるためまわりを巻き込むための環境としても、オープンなラボは適しています。

北野氏:ここで出会った人とのなにげない会話の中から、何回かヒントを得ました。逆に私たちの姿を見て、気づきを得てもらえる可能性もあると思います。日常的な交流の中からイノベーションが生まれる。そんな期待を抱かせてくれるスペースだと思います。

ロゴ前.jpg「大学は大学、企業は企業で垣根を作るのではなく、うちのラボに来て一緒に研究をして欲しい。
今時はやっぱり自分達だけでやってる研究だとブレイクスルーは難しいのかなと思う。」塚原氏

用語説明

(注1)iPS細胞ストックプロジェクト
京都大学iPS細胞研究所(CiRA)が国からの支援を受けて2013年度に開始したプロジェクトです。再生医療用のiPS細胞をあらかじめ製造・備蓄し、再生医療の研究開発を行っている機関の求めに応じて迅速に提供することを目指すもので、iPS財団発足後にCiRAから事業譲渡されています。

(注2)my iPSプロジェクト
iPS細胞には、自分自身の細胞から作製できる(自家)という特徴があります。これは拒絶反応のリスクを最小化するために有効な手段と言えます。しかし、自家iPS細胞由来の分化細胞を用いた移植治療を広く普及させるためには、費用面を含め、多くの課題があります。本プロジェクトでは、これらの課題を解決・克服し、自家iPS細胞を用いた再生医療を一般化させるための技術開発を行っています。

公益財団法人京都大学iPS細胞研究財団

京都大学iPS細胞研究財団は、国立大学法人京都大学iPS細胞研究所から一部の機能を分離して設立され、20204月に公益財団法人として活動を開始しました。iPS細胞技術を大学から産業界へ橋渡しするために、品質を担保したiPS細胞を製造・品質評価・備蓄し、全国の研究機関や企業に公平かつ適正な価格で提供しています。「my iPSプロジェクト」の推進や、iPS細胞に関する情報・技術の提供も行っており、こうした活動を通じて、iPS細胞の実用化に貢献しています。
ウェブサイトはこちら
https://www.cira-foundation.or.jp/j/


ターンキーラボ健都

京都リサーチパーク株式会社は国内最大級のシェアラボ「ターンキーラボ健都」を2022 年北大阪健康医療都市(通称:健都)で開業いたしました。当施設は、"そのひらめき、すぐ研究。"をコンセプトとした、P2/BSL2対応のシェアラボです。細胞培養や遺伝子解析ができる必要最小限の設備と機器が揃っているため、初期投資をおさえ、すぐに研究を始めることができます。実験ベンチや機器は時間単位のレンタルで、利用頻度に合わせてお得に使うことができます。さらに常駐のラボマネージャーが施設管理等に対応することで、研究に専念できる環境を提供いたします。また、交流を目的に作られたサロンも併設しており、交流会、勉強会等のイベントも開催を予定しています。

ウェブサイトはこちら↓
https://www.krp.co.jp/turnkeylab/lp/