2021/08/24

ヒトiPS細胞由来T細胞でがん治療剤を開発。サイアス株式会社

京都市のサイアス株式会社は、ヒトiPS細胞から再生された細胞傷害性T細胞を用いてがんや感染症に対する再生免疫細胞療法の研究開発を行っているバイオベンチャーです。同社は2017年からイノベーションハブ京都(IHK)のレンタルラボを拠点としており、ラボ3室のほか、動物実験施設や医薬研究支援センターの共通機器等も利用中。こちらのラボを選んだ経緯や今後の事業展開について、同社の代表取締役・等泰道氏にうかがいました。

IMG_2653.JPGサイアス株式会社 代表取締役 等 泰道氏

  • iPS細胞の技術を利用した細胞治療剤は世界的にも注目
  • 大学の研究室は製品開発に不向き。専念できる環境を求めて
  • 治癒を誘導できる安全で薬効の高いT細胞治療剤を目指す
  • ラボ選び-ステージに応じたロケーションを


iPS細胞の技術を利用した細胞治療剤は世界的にも注目

基になる研究は、京都大学iPS細胞研究所(CiRA)の金子新教授が発見・開発した技術。同社が金子教授の技術を使用して製造するT細胞は、がんを認識するアンテナの役割をするT細胞受容体を使った治療剤(TCR-T)で、世界でトップ水準の品質を誇るものです。

現在の免疫治療は、CAR-T治療(キメラ抗原受容体T細胞)や、免疫チェックポイント阻害剤など、がん細胞を攻撃するように細胞を改変する治療法があります。このような免疫治療が非常に効果を示し、かつ治癒まで誘導できるということで、大変期待をされている分野です。細胞治療剤などの薬の場合、ヒト(=患者さん)の細胞を使うのですが、1人から大量には取れないので、iPS細胞の技術を入れてT細胞を作っていこう、とのこと。そうすることで質的・量的にも均一になると期待されていて、特に治療用細胞にiPS細胞を使用することが世界的にも注目を集めているそうです。



大学の研究室は製品開発に不向き。専念できる環境を求めて

同社の起業は2015年で、当時は京都大学の金子教授の研究室内に間借りをする形で仕事をしていたのです。日本のベンチャーによくあるタイプかもしれません。しかし、大学教授の論文執筆というアカデミックな仕事と、バイオベンチャー企業の製品開発という仕事がひとつの研究室で同居することに限界を感じ始めたようです。

「やはり研究室内にとどまっていたら製品開発はできない、というのが金子先生を含め我々メンバーの頭の中にもありました。大学研究室ではいろんな仕事が並行しているので、その製品専用に機械が使えませんから。投資を受けて仕事をやる以上、本気で製品開発をやらなきゃいけない。そこで思い切ってラボを借りることにしました。レンタルラボでやるようになると、製品開発に集中できるので、しっかり製品ができていくと思います」

当時を思い出しながら話す等社長。ビジネスの環境で製品開発に集中していると、スタッフのみなさんの意識も変わっていったそうです。IHKのラボに決めた一番の要因は、ファウンダーである金子教授がおられる京都大学iPS細胞研究所(CiRA)と、CiRA細胞調整施設(現 京都大学iPS細胞研究財団CiRAF)に近いという点だそうですが、P2のラボや研究に必要な基本的実験機器が整っていたことも決め手になったようです。

「ヒトの検体などを持って普通のバスに乗るのはちょっとマズイでしょうからね。ここなら、すぐそこに京大病院がありますし、iPS細胞研究所にも歩いて行けますから。また、ラボを探す際に交通アクセスが良くない所もありましたが、ここはそんなことはないです」

さらに、飼育可能の動物実験施設が整備されていることや、細胞製造や知財関連、臨床試験などの相談をするのに、京都大学にはエキスパートの先生が多数おられることは、結果としてハード・ソフト両面で同社が製品開発に専念できるベストの環境となったのです。

☆イノベーションハブ京都_画像1_800.jpg京都大学医薬総合研究棟3・4Fにあるイノベーションハブ京都。P2レベルのラボや動物実験施設など共有設備がそろう


治癒を誘導できる安全で薬効の高いT細胞治療剤を目指す

「お薬の世界の市場は国外です。弊社の役割としては、治験を進めながら、iPS細胞由来T細胞が安全で薬効も出て製造もしっかりできることを示して、次の5年ぐらいで、アメリカや中国での事業展開を弊社の製品でやっていただきたい。10年後あたりには、iPS細胞由来T細胞が、免疫細胞を使った治療の中のかなり大きな割合を占めるような形になっていて、その中に我々サイアスも入っている...というのが将来像です。弊社はT細胞を作るという部分で金子先生の技術を使っているので、弊社の作ったT細胞を大手製薬会社で使用していただく、というビジョンですね。同じ人に何度使っても大丈夫という、そういう薬に将来的にはつなげていきたい。それが夢です」と、等社長は将来のビジョンについて話してくれました。

現在は自家と同種のiPS細胞由来のT細胞を開発していますが、元々、自家iPS細胞製品を作る会社としてスタートした同社。自家製品というのは、まさにがんになられたその時に患者さんから細胞を取ってiPS細胞を作り、患者さんの中の免疫をそのまま使用するというもの。患者さん自身のものだから安心・安全で、薬効も非常に高いことが期待されています。

サイアス様_t細胞_800.png

自家iPS細胞由来再生T細胞は安全に反復投与できる為、より高い長期の薬効が期待できるという


ラボ選び-ステージに応じたロケーションを

これからレンタルラボを利用しようとする大学内研究者の人たちにひとこと。

「スタートアップで大学発の場合は、やはり大学に近いロケーションが良いと思います。ファウンダーの先生と連携が取りやすいロケーションですね。基本的な実験機器が設置されているシェアラボというのも、スタートアップにとって非常に大切なことだと思います。資金や交通アクセスなどいろいろ条件やタイミングもありますが、あんまり迷ってもしょうがないですね」と話す等社長は、IHKの開所と同時に入居することができて「超ラッキーだった」とつづけました。

必要最低限の実験機器だけそろえてラボに入居したサイアス株式会社ですが、IHKの共有実験機器や設備も活用しながら、スタッフも増員しつつより一層製品開発に専念されています。大学の研究室が外部の研究場所に劣っているわけではないのですが、研究のステージ等に応じた必要な機能を考え、時として思い切って外部に飛びだすことも重要なのかもしれません。

☆サイアス様_ラボ_800.jpg多くの研究者が実験研究を行うラボ(イノベーションハブ京都内)