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KRPeople ここにこの人

株式会社島津ビジネスシステムズ(6号館) 気象グループ課長 奥山哲史さん
1963年京都生まれ。88年に大阪大学工学部を卒業後、島津製作所へ入社。
分析機器の制御などを手がける。1995年、気象予報士の資格を取得。99年、同社システム部門が島津ビジネスシステムズとして分社独立するのに合わせて出向。2001年夏に、携帯電話向けに気象情報の配信サービスを商品化した。

高校時代からマイコンを使って気象データを分析するのを趣味にしていた。大学受験での理科の専攻はもちろん「地学」。コンピュータの計算により自然現象を予測し、実際に結果を目の当たりに出来ることが楽しかった。
大学では機械制御を学び、老舗メーカーとして知られる島津製作所に入社。医療向けの分析機器などを制御するシステム、プログラムの開発に携わっていた。ある日、気象予報士の資格が誕生すると聞く。「受けてみよう」。まだ参考書がない中、昔使っていた地学の教科書を片手に猛勉強。3回目のチャレンジで合格率10%以下という難関を突破した。
1997年に転機が訪れる。会社に社内ベンチャー制度が創設された。自分がやりたいことを直接仕事に反映できるチャンス。早速、新規事業のビジネスプランを描く。提案したプランは、独自の手法で天気を予測し、当時普及し始めたばかりの携帯電話などを使って個人向けに配信するというもの。97年から2年間、1人で新規事業の調査と立ち上げを手がけた。
1999年に島津製作所のシステム部門が分社独立化し、島津ビジネスシステムズとなった。奥山さんは新会社に出向し、2001年夏に携帯電話を使った気象情報の配信サービスをスタートさせた。現在、4万人の会員向けに気象情報を提供している。「これからは、局地的な大雨や異常気象の情報を提供する自治体向けのサービスに力を入れる。配信される情報によって、自然による被害を未然に防げるようにしていきたい」。


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パシオ有限会社(4号館) 代表取締役社長 藤井哲也さん
1978年生まれ。2001年に立命館大学法学部を卒業後、人材派遣会社へ
就職。2年間、営業職として務めた後に退社。2003年7月から京都市が
主催する「京都起業家学校」第4期生となり、起業の準備に取りかかる。
2003年9月、有限会社パシオを設立した。

小学生の時に見たテレビ番組が衝撃的だった。手足が骨と皮ばかりでお腹の異常に膨れた子供が、救援物資をねだっている。アフリカの難民キャンプの様子を伝える映像だ。それを見た藤井哲也さんは、「世界から飢餓をなくしたい」と強く思った。
「社会に影響力を持つ人物になる」。自らの力で飢餓をなくす夢を実現したかった。その思いが、大学4回生のとき「起業」を決意させる。藤井さんの父親は、25歳の時に共同創業で建材関係の会社を興した人物。そんな父の姿を見ていたのも起業に向かう原動力の一つになった。
まずは社会勉強のつもりで中堅の人材派遣会社へ就職する。とにかく会社運営の全てを吸収しようと必死に働いた。現場では、職業観を身に付けることなくその場しのぎで仕事をする人々に出会った。「まずは、ニートやフリーターと呼ばれる人たちがしっかりした職に就くための支援をする会社を作ろう。その事業を成功させた上で、世界から飢餓をなくす夢を実現する」。若者の就職支援会社を設立したのは24歳と11ヶ月の時だ。

右腕の今井さんを紹介する藤井さん
昨年夏、藤井さんはパートナーを見つけた。人材ビジネス会社に務めていた今井秀司さん。藤井さんより2つ年上の人だ。最初に会ったときから意気投合。予定を大幅に超えて5時間近くも話し込んだ。今井さんは今春、パシオの事業部長となり、藤井さんと二人三脚で歩き始めた。「お互いに補完しあう関係」と口をそろえる。藤井さんは夢を広げて行動するタイプ。今井さんは緻密に戦略を練って行動するタイプ。「今手がけるビジネスを成功させ、早く上場したい。上場による創業者利益で、飢餓をなくすための財団法人を設立したいんです。そのためにも、まずは彼(今井さん)としっかり組んで、足元の課題を1つ1つ乗り越えることだけを考えています」(藤井さん)。


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京都リサーチパーク(株) 営業開発部
TEL:075-315-8342 Fax:075-322-5348
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