H O M E>>KRP広報
アクセス KRPTOP
KRP広報
過去掲載記事一覧
KRPeople ここにこの人

有限会社バイツ 代表取締役社長 斉藤 雅也さん
1962年埼玉県生まれ。中学生の時、家族の都合で大阪に引越した。 大学卒業後、大手電器メーカーの系列会社で生産ライン向けのプログラム開発の仕事を手掛ける。85年、プログラマーとして独立し、 2000年5月にはバイツを起業してKRPに入居。 現在、6号館2階にオフィスを構え、企業向け制御系ソフトの開発を手がける。

11歳と9歳の2人の息子さんがレーシングカートに熱中している。JAFのジュニアライセンスを持つ年長の息子さんは全国大会に出場するほどの腕前だ。 「小さなころから鈴鹿にフォーミュラーの観戦に連れて行ってたので、影響を受けたのでしょうね」と振り返る。自身も大のモータースポーツファンだ。
休みの日ともなれば、バンにカートの装備一式を乗せ、滋賀県にある練習場や全国各地で開催される大会へ連れていく。手軽に運転できるカートとはいえ、サーキットでは時速100キロものスピードで走行する。体への負荷は実際のレースとほとんど変わらないという。
「モータースポーツは0.1秒で勝敗が決まる。その0.1秒を縮めるために、ガソリンの鮮度までこだわる」。自身がマシンを整備して、試合に臨む息子さんを叱咤激励する。いざ、試合が始まれば熱くなるという。負けて泣いて帰ってくることがあれば、黙って迎える。コーチ、メカニック、父親の3役を一度にこなしている。
もし、息子さんがレーシングを続ける意志があるなら、いずれヨーロッパに行かせてやりたい、と話す。「プロレーサーを目指すなら、本場のヨーロッパのほうが実力を伸ばせます。そのためにも、頑張って資金を稼がないとね」。そう話すと、オフィスに置いてあるカートをじっと見つめた。

 ホームページ http://www.bites.co.jp


▲目次ページへ戻る


財団法人京都高度技術研究所 総務部長 高木 茂さん
1943年京都生まれ。生家は先斗町のお茶屋「高木福」。独学で取得した無線通信士の資格を生かし、和歌山県海岸局の職員となる。69年夏、京都市に転職。広報部門を経て、長年にわたり災害対策を担当する。2001年、財団法人京都高度技術研究所(ASTEM)の総務部長に就任した。

機械いじりの好きな少年だった。自らを「ラジオ少年だった」と振り返る。中でも無線通信に強い興味を持ち、高校1年生のころ、部品を組み立ててアマチュア無線(ハム)を始めるようになった。その年に始まった新しいアマチュア無線の国家試験にも早速チャレンジし合格。「ハムを通じて知り合った仲間とバンドを組んだり、海外の人とコミュニケーションをとることが楽しみでした。今で言うメールやチャットのようなものですね」と話す。「でも、ハムは不思議と、相手の表情や個性を感じることができるんですよ」と、インターネットとの違いを指摘する。
学生時代、独学で無線通信士の資格を取得。68年から和歌山県庁の職員として働き始めた。県南部の基地局で、太平洋沖を航行する船や遠洋漁船の無線を中継する仕事だった。翌年、防災無線を扱う技術職として京都市に採用された。これが転機となり、以後、防災システム設計を手がけるなど、災害対策と深く関わるようになる。
阪神大震災の時、京都市が設置した支援本部に張り付き、被災地に送る救援物資や応援要員の輸送に手腕を振るった。「この時は1ヵ月間、まともに家に帰ることができませんでした」。防災担当は激務だ。災害が発生すれば、昼夜を問わず駆けつけなくてはならない。72年、左京区修学院の音羽川で土石流が発生した時は、3日間、不眠不休で対応に追われたという。忙しい日々、何を感じていたのか。その問いに対し「人の役に立っているという生き甲斐です。今も、私で役に立つなら何でもやろうと思っています」。強い使命感を隠すように優しい笑顔がにじんだ。

 ホームページ http://www.astem.or.jp




KRP PRESSの記事に関するお問合せは
京都リサーチパーク(株) 営業開発部
TEL:075-315-8342 Fax:075-322-5348
▲目次ページへ戻る
プライバシーポリシー ご利用にあたって サイトマップ