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KRPeople ここにこの人

レボネット株式会社(4号館5F) 坂井 和広さん
1981年石川県出身。立命館大学経営学部卒業後、社会保険労務士事務所に就職する。その後、2006年には大学時代の先輩とふたりでレボネット(株)を設立。アクセシビリティやSEO対策などHPによる中小企業の売上アップに貢献している。

 いまやホームページは企業、個人に関わらずもっとも有効な情報発信の手段です。ホームページ制作会社として立ち上げられたレボネット株式会社は、個人の情報発信が原点でした。坂井さんの大学時代の一学年先輩で、後にレボネットの社長となる山下周平さんが、ラウドロック系のバンドでベースを担当すると同時にバンドのホームページ制作を自ら手がけていたのです。その当時、同じバンドで坂井さんはドラムを担当していました。卒業後、坂井さんは、いつか独立したいと思いつつも、就職。かたや山下さんはシステム開発やプログラミングの技術に磨きをかけていました。そして、山下さんが会社を設立することになりパートナーに選んだのが、坂井さんでした。「就職してからも行政書士の資格を取得したりして、少しずつ、起業するための準備をしていました。ITのことはまったく知らなくても、チャンスがやってきたと思ったんです」。渉外担当を引き受けた坂井さんでしたが、最初はまったくツテがなかったため、マーケティングを独学で勉強し、ファックスでDMを送付することから営業をスタート。そして、ある司法書士事務所から始めての仕事の依頼があり、その後は顧客からの紹介などにより事業は軌道に乗ってきたのです。「技術や金額で勝負すると、まだまだ上があります。そう考えると当社の売りは、丁寧で誠意ある対応だったというお客様からの評価を積み重ねていることですね。」と坂井さん。謙虚な姿勢ながらも、最近始めたオンラインショップの運営にさらに力を入れ、どんどん収益を上げていきたいという意気込みにあふれていました。


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株式会社パッショナリア(スタジオ棟2F)代表取締役  大橋 弘昭さん
1955年、京都市出身。田辺高校電子工学科を卒業後、大手物流会社のオンラインネットワークシステムの開発に従事。その後、アフリカ放浪を経てソフトウェア開発会社の設立に参加。81年に独立。85年に設立した(株)アサンテを2005年に(株)パッショナリアに社名変更。

 中学生ぐらいからなぜかアフリカに興味を持ち続けていた大橋さん。高校生時代にはまだあまり多くの人が目にすることがなかったコンピュータにも惹かれるようになりました。
  大手物流会社のコンピュータ室で勤務していた70年代後半、オイルショックが日本を襲いました。これを機に大橋さんは日本の将来について深く考えるようになり、世界を知りたいという強い思いにかられます。アフリカへの強い憧憬が大橋さんの胸に甦ってきたのです。思い立った大橋さんは退職してアフリカへのひとり旅へ。それは、ロンドンに渡って、モロッコに入り、サハラ砂漠を横断するという壮大な計画でした。ひたすら進むためには車や電車はもちろん、ロバでも何でも利用する…そんな過酷な旅だったそうです。一度は栄養失調と水あたりのために断念しますが、ヨーロッパで露天商をしながら費用と気力を蓄えて再チャレンジ。ヨーロッパ、アジアを含めてちょうど1年という放浪の旅を経験しました。
23歳の大橋さん
アフリカの旅を終えてギリシャ・
アテネにたどりついた頃の1枚
  帰国後は、先輩の誘いでソフトウェア開発会社の立ち上げに参加し、再びコンピュータの世界に。やがて京都のオフィス街に自分の会社を設立し生活の拠点もオフィスの近くに移します。ところが95年に突然、京北町(現:京都市右京区)に移住することを決意します。「自然に囲まれて生活するのが自分には一番合っていました。その当時まだインターネットは主流ではありませんでしたが、きっとどこにいても仕事ができる時代がくると確信していたんです」。それからは家のすぐ近くに鹿が通るほど自然が豊かな京北とKRPとの片道1時間の距離を車で往復している日々。アフリカで触れた自然と共存するライフスタイルと、移り変わりの激しい時代にもずっと携わり続けたソフトウェアの仕事…大橋さんは今、それらが上手く融合した生活を謳歌しています。


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京都リサーチパーク(株) 営業開発部
TEL:075-315-8342 Fax:075-322-5348
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