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KRPeople ここにこの人

株式会社テクノリンクス・インターナショナル(2号館2F)代表取締役 村田 充弘さん
1940年京都市出身。立命館大学理工学部卒業、大阪大学理学博士。株式会社村田製作所で材料開発部長や執行役員知的財産統括部長などを歴任後、本社常勤監査役を経て05年に退任。これまで培った経験やノウハウを活かすため、株式会社テクノリンクス・インターナショナルを設立。

 人間の脳は鍛えさえすれば衰えることがないそうです。「そう聞いてから自ら実践しているんですよ」と笑顔で語る村田 充弘さん。村田さんは京都を代表する企業のひとつである村田製作所の成長とともにキャリアを積み、定年退職まで勤めあげました。「仕事が趣味みたいなものでしたから、退職後何もないのもいやだったので、これまでの経験を生かせる会社を立ち上げようと思ったのです」。設立したテクノリンクス・インターナショナルのスタッフも知的財産や技術経営のエキスパートばかりで、全員がこれまで勤めていた企業を定年退職した、いわゆる「セカンドキャリア組」。大手企業と比べて知財管理や技術経営の取り組みにまだ消極的な中小企業の現状をなんとかしたいというのが、村田さんの願いなのだそうです。そこで、京都はもちろん、東大阪や中国・広州の中小企業を対象にコンサルティング業務を展開。中小企業の成長に関わることが一番の楽しみだと、村田さんは語ります。「京都はユニークな大手企業がたくさんあります。しかし、その一方でそれに続く企業がなかなか育たないのも事実。『シルバー人材』である私達の経験を活かして中小企業を支援し、京都の産業発展の一翼を担いたいですね」。また、村田さんはテクノリンクス・インターナショナルでの活動の他に、学会や大学での教育指導にも精力的に取り組んでいます。その活き活きとした表情には、シルバーどころか、磨き上げられたダイヤモンドのような輝きがありました。


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ヒューマンウェア株式会社(1号館4F)代表取締役 石田 圭一さん
1953年、京都市出身。京都産業大学経営学部卒業後、75年にITサービス会社に就職。就職10年目には会社経営を任されるなど、多くの経験を積み、01年に退職。02年にヒューマンウェア株式会社を設立。ASTEM VILを経てKRP1号館の現オフィスに移転。

 「もともとはシンガーソングライターになりたかったんですよ」と話す石田圭一さん。かつては自分で手がけた曲をデモテープにして、レコード会社のオーディションを受けたりもしていたそうです。しかし、なかなか音楽で生計が立てられない現実に直面し、就職して5年間だけでも安定した生活を築こうとしました。その後は、まったくの未経験だったオペレータ、システム運用などを次々と経験し、やがては経営も任されるようにまでキャリアアップ。そこで気づいたのは「仕事でも、音楽と同じように誰かに感動を与えられる」ということ。仕事を通じてお客さまにもっと自分の思いを伝えたいと考えるようになった石田さんは、人材の能力を生かしたIT運用のインフラ構築を提案するヒューマンウェア株式会社を設立しました。この業種では社員をクライアントの元に出向させるというスタイルが主流ですが、ヒューマンウェアでは頻繁に研修会やレクリエーション、交流会を実施。集う機会を増やし、社員に想いを共有させること・モチベーションを高揚させることに力を入れています。また、時には石田さん自らがお酒と手料理を用意して社員をオフィスでもてなす“ISHIDA BAR”を月1回のペースで開催。そして最近では、会社のイメージソングを作詞・作曲しました。社員でバンドを結成し、昨年5周年社員感謝の集いでお披露目しました。その歌詞には「諦めない」「甘えない」「あなどらない」というヒューマンウェアの「AAAの精神」が込められています。「私の仕事は社員が活躍できるフィールドをつくること。それを引き継ぐことができる人材が育てば、また新しいことに挑戦したいですね。60歳頃には自分の曲を世に出してみたいんです」…石田さんが20歳代の時から持ち続けていた夢は、今も決して色褪せることはありません。


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TEL:075-315-8342 Fax:075-322-5348
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