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大阪ガス時代にはずっと技術畑でしたから、KRPについてさほど強い認識を持っているわけではなかったんです。それまでの京都との縁は、京都の大学を出たことぐらいで。
ところが赴任してみて、地元の期待感がものすごく大きいことに驚いた。最初の2週間ぐらいで「これは大変な仕事を引き受けてしまったぞ」と。それから2-3ヶ月、京都のことからIT業界の専門用語まで、知識習得に精励しました。
私の社長時代は大阪ガスグループが大きく変わる局面でした。株主重視の経営とか、エネルギー事業の自由化の流れとか。関連会社の業績評価も厳しくなりました。
私の大きな役目は「選択と集中」を推進し、コストダウンと要員の削減を始めとした内部組織の見直しにより「継続して利益の挙がる会社」への基盤を固めることでした。
随分思い切った施策を実行したつもりです。そのひとつとして、米国のインキュベーターとの合弁会社(SCI)を整理するために米国に自ら乗り込んで交渉をしたのが、懐かしい思い出ですね。この案件は権利関係が若干ややこしく、どう決着するか随分悩みながらの交渉でしたが、交渉当事者の誠意とタイミングに恵まれ、こちらにとってもありがたい条件で合意してくれました。ほっとしましたね。
KRPは今、昼間人口2,600人という規模にまでなりましたが、これが10,000人になればもっとハッピーですね。そのためにも、ここからIPO(株式公開)する会社が一日も早く出てくるなど、KRPのステータスをもっと高めていって欲しいです。
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